過去から未来へ
   「竹」より

 爆発音が天空に響き渡る。そして散らばる様々な破片。
 大小様々なそれらが、閉鎖されたばかりの森林区域に落ちてゆく。
 そこからは、レベル4のウィルスが発見された。
 動植物はもとより、そこに暮らす人間でさえ、その区域から出ることを禁じられた。
 つまり、ウイルスに侵された人間は、死ねと。
 ほんの十時間前。たった十時間前に、それは決定された。
 半日にも満たない時間が、二人を永遠に引き裂くことに私は耐えられなかった。

 私はアンドロイド。
 惑星開発用に作られた「T」シリーズの中の一体。
 私達の仕事は多岐に及ぶ。
 主な仕事は、人間には入れない場所の調査、安全確保(私達は眠らないから)、様々な治療、そして夜の相手。
 この森林の中には様々な植物があり、それから様々な薬ができることに、私のマスターは夢中になっていた。
 様々な、本当に様々な植物。
 マスターが差し出すだけ私はそれを口にし、その毒性、その効用、その性質をデータとして蓄えた。
 マスターと私は、この森林のあちこちを夢中になって歩き回った。
 それが、「通達」を受け取れなかった決定的な原因となったのに。

 「どうしてこんな重要なことが受信できなかったんだ!」
 「この通達が行われた時、私達は丁度エシレーン峡谷の中にいました。そこは……」
 「あぁ、受信不可能な場所だっていうんだろう!まったく、まったく、まったく!」
 「マスター」
 「今から戻ったとしても到底間に合わない。どうすれば良いんだ。このまま、こんなところで食料もなく、ただ飢えろと言うのか?」
 「そんなことはありません。今からでも間に合います。私の方でも最大出力で送信を始めています。皆さん、待っていてくださいますよ」
 「馬鹿な!そんなことあるはずがない!お前は機械だから、ウイルスの怖さが判らないんだ!」
 「マスター、撤退が始まったのはほんの1時間前です。今からでも間に合います。急ぎましょう」

 結局、私達がたどり着いたのは、もう誰もいなくなった研究所だった。
 そこには、置手紙があっただけ。
 マスターはそれを開き、叩きつけ、踏みにじった。
 呆然と立ち尽くすマスターを座らせ、残っていた酒を運ぶ。
 グラスの中の琥珀色の液体。それを一気に飲み干し、ぐったりと椅子に沈み込むマスターを部屋に置き、私は格納庫に向かった。
 あそこには、整備不良で動かなくなったシャトルがある。
 あれほど慌しく逃げていったのなら、それはまだそこにある。
 「T」シリーズである私達はそういうトラブルにも対処できるように作られている。
 果たして、動かなくなったシャトルはそこに残っていた。
 操縦席に乗り込み、シャトルを駆動させる。
 途端に響き渡るビープ音。レッドランプ。しかし、この区域を脱出する以上のことを望まなければ持つ。
 少なくなっていた燃料を補充し、エラーから起こるルーチンをカットし、最低限の飛行が出来る程度まで復旧させ、私はマスターを迎えに行った。

 マスターには妻がいる。
 美しい花、虫、鳥を見つけるたび、私に記録させたマスター。
 研究には全く関係がなく、またメモリーのことを忠告する私に、。
 『いや、あいつにも見せてやろうと思ってな』
 そう言ったマスターの笑顔。
 どんな夜にも、マスターは私を求めようとしなかった。
 そんな二人が離れ離れになるのは、私には耐えられなかった。

 「行きましょう、マスター」
 力ない手を引き、私達はシャトルに乗り込んだ。
 そして私は、マスターの言葉の真意を知ることになる。
 「オマエハキカイダカラういるすノコワサガワカラナインダ!」
 あぁ、まさか問答無用で撃墜されるとは。

 その瞬間。
 マスターの身体が、私の隣で燃え上がるのを見ていた。
 私の身体は爆発の衝撃でばらばらになった。
 私の頭だけが落ちてゆく。
 真っ青な空。白く弾けるシャトルの爆風。散り散りになったマスター。
 幸いにも私の頭は森林の木々がクッションとなり、衝撃によるデータの破損も少なかった。
 弱く弱く、SOSを発信しながら、私は目を閉じる。
 いつか誰かが救ってくれるその日まで。


 ごそり、ぞわりと、何かが私の頭に侵入してくる。
 砕けた外皮の隙間をこじ開けるようにして、それは私に入ってくる。
 ゆっくりと、だが確実に、それは私の中に入ってくる。
 目を開く。ここは竹林の中。そして今は新緑の季節。
 私の下で、新たな芽が伸びようとしている。
 私を侵略しながら。
 重力に縛られた私の頭の中を愛撫するようにそれは伸びてゆく。
 詰め込まれた私の部品の中を始めはそろりそろりと、そしてぎち、ぎちと私の中で育ってゆく。
 私はいつの間にか叫んでいた。
 張り切った新芽が、私の回路を切断して行く。
 ぷち、ぷち、ぷち、ぷちと、頭の中で音がする。
 そのたびに、痛みが、快楽が、たて続けに襲い掛かる。
 データが、データが、データが消えてゆく。
 私は叫び続けていた。
 データが全て散り散りになり、痛みが全て快楽に変わるまで。


 そして。


 さああああぁぁぁ、と涼やかな音が駆け抜けてゆく。
 風が、頬を撫で通り過ぎてゆく。
 強い風が吹くと、私を支える竹がわさり、わさりと揺れる。
 しかし、竹は折れる事はない。
 真っ直ぐに、真っ直ぐに天を目指して伸びる。
 私のチップはもう壊れてしまって、どうしてここに居るのかわからない。
 私の身体はもう壊れてしまって、ここから動くことも叶わない。
 健やかに伸びてゆく竹に合わせ、私も地面から離れてゆく。
 未来、私を支える竹も花を咲かせ、そして朽ちる。
 その時私は地面に戻るだろう。
 そして次の竹が、私をまた天近くまで押し上げる。
 何度も、何度でも。
 ざああああぁぁぁと、風が葉を鳴らして過ぎて行く。
 静かに、静かに時はただ流れてゆく。

挿絵  草刈
文章  深瀬 ('0206・書き下ろし)
ヒトコト 草刈 春に見た、竹の葉の美しさが全てです
深瀬 実家の裏には竹林があって、風が吹くたびに涼しい音がしました。
この作品を書いている間、頭の中に流れていた音は、その風の音と、「ざわわ、ざわわ、ざわわ〜」という、サトウキビ畑のあの歌でした。

 

 

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