「耐え切れぬ思いの果てに」  無題6より

 いつか君に廻り会うため、紺青の空に向かうため。
 柔らかな布団をかき集めるように、土を敷き詰め眠りに入る。
 耳元でめきめきと、成長する細胞達の音を聞きながら。
 ゆっくりとうっとりと目を閉じれば、包み込む優しい真闇。
 意識が中空に溶けてゆくのと同じ速度で、身体も土に溶けてゆく。

 気がつけば手の中に残っていたのは、彼女の頭だった。
 山の奥深く、ばらばらに刻んで、土の下深く、全て埋めたはずだったのに。
 突然ごろりと転がり出してきたそれの、非現実的な存在。
 微笑さえ浮かべて見えるそれは、開かない瞳の奥から、見つめてくる。
 悲鳴を上げることも放り出すこともできないまま、その場で、まるで木のように立ち尽くす。
 彼女の首を、成熟した果実のように抱えながら。

 遥か遠く、今はもういない君へ。
 憎かったわけじゃない。それだけは、伝えたい。けれど。
 結局は僕が君を追い詰めたのだろうか。
 憎んだ覚えはない。嫌った覚えも。
 だけれど、君は僕の一番にはなり得なかった。
 それだけのことだった。
 言葉はもうどうやっても君には届かない。
 土の中湿った匂いの中溶けて行った君は、そこに、いつまでいるのだろう。

 ぶつぶつと単純な言葉を繰り返しながら、汚れた両手を洗う。
 柔らかな泡は見る間にどろどろと汚れ、赤く茶色く、黒く色を変えた。
 流水の下で痛いほど両手をこすり合わせ、そしてまた石鹸を擦り付ける。
 掌、手の甲、指の間、爪の中、手首、腕。
 石鹸は小さく小さくその身を削り、流水に流れる泡、立ち昇る匂い。
 白い洗面台、暗い鏡の中、流れる水の音は止まらず。
 つるりと手から逃げた石鹸は、するりとパイプの中に吸い込まれた。
 流水の中に手を突っ込んだまま、呟きは止まらない。
 あの人は私のものあの人は私のものあの人は私のものあの人は私のもの……。


 『それでは、ニュースです』

 彼女は結局誰とも判断がなされぬまま。
 余りにもはっきりとその容貌が残っているにも関わらず、彼女を彼女と示す事柄が何一つ見つからなかった故に、彼女はただ無機質な数字で処理される。
 首以外の部位はその後いくら調べても見つかることはなく、
 また、彼女を殺した人物も存在せず。
 しかし、首だけとなった彼女が自殺したとは判断できぬまま、
 彼女を記したファイルは、倉庫の奥ひっそりとしまわれ、
 彼女を葬る場所は今や、
 生命溢れる大地ではなく、無機質なコンクリートの白い陶器の中。


 いつか君に巡り会うため、紺青の空に向かうため。

 微笑んだ、彼女はもう存在しない……。


ヒトコト 草刈 「あの場所にある、あの顔」以外なにも知りません。なにも語りかけてはきません。故に無題。
深瀬 混濁した切り口をあと2つ3つ書けたら、この作品は出来上がるのだと思う。今は、まだ未完成の状態。

挿絵  草刈
文章  深瀬 ('0306・書き下ろし)
 

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