1 出会ってしまった二人 (異人館で逢いましょう)
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 「あなたこそ、私が求めていた人物です!!」
 感極まったような声で抱きつかれ、若林はうろたえる。
 彼を抱きしめているのは女性。
 しかも、美人。
 そして場所は往来。
 道中で抱き合う二人を、人々はじろじろと見てゆく。
「何でこんなことになったんだ」
「それは、あなたが私を助けてくれたからです!」
「助けるってアンタ、道に倒れている女性を放っとくわけには行かないだろう?」
「いいえ違います。私はここに一時間ほど倒れていました。でも、誰も助け起こしてはくれませんでした。あなただけです。私を助けてくれたのは」
 さすが東京。人が倒れていても誰も助けないと言う噂は本当だったのか、と若林は幾分嫌な気分で考えた。
「私は、あなたのような人を探していたんです!」
 上気した頬、きらきらと輝く瞳で見つめられ、若林は思わず目をそらす。
 彼は、こういうシュチエーションが限りなく苦手だった。
「アンタが誰を探していたかは知らないけど、冷たい道路に倒れていると健康に良くない……」
 しかし彼の忠告は最後まで言い切ることは出来なかった。
 女の唇が、若林のそれを強引に塞ぐ。
 咄嗟に突き放そうとしたが、女の力は意外に強かった。
 思わず大声を上げようとしたその唇を割って、何かどろりとしたものが流れ込む。
 反射的に、飲み込んでしまった。
 目の前で大アップの美女がにんまりと笑う。
 何か言おうと口を開きかけたが、女の顔がぐにゃりと歪み、うわぁと思う間もなく若林の意識は闇に落ちてしまった。

 「で、気がついたら高府行きの最終電車に乗っていたってワケ?」
「まぁそういうことだな」
「なにそれ」
「俺に聞くな」
 次の日の若林は非常に不機嫌だった。
 せっかく旧友に会いに東京に行ったというのに、それがパァになってしまったのだ。
 慌てて携帯に電話をしたら、「まぁしかたないさ」と答えてくれたが、お互い残念だったことは変わらない。
 ドタキャンもいいところだ。
 そして、若林というヤツは、ドタキャンを嫌う男だった。
「まぁいいじゃん。美人とキスか。羨ましいねぇ」
「どうしてそうなる」
「まぁ若林サンったら、年上の女性を一目でオトスなんてさすがですわよ」
「殺す」
 握られた拳に力が込められるのを見て、高橋は苦笑する。
 どうしてコイツはこういう話題に弱いのか。
 空を切ってきた拳を難なく避け、
「まぁ若林サンったら、そんなに暴力的だと嫌われますよ」
「まだ言うか」
「あ、速水」
「え」
 空振りした拳に振り回され、若林がよろける。
「ホント判りやすいな。お前」
「な、な、な、何故!」
 秘めた思いをあっさり看破され、うろたえる若林に、
「いや、カマかけてみただけなんだけどね」
「そ、その噂はどこからぁ!」
「いやん若林サン、痛くしないでね」
「もういい! 質問に答えんか!」
 目がマジだ。茶化すのもここまでかと高橋は肩をすくめる。
「噂なんてないから安心しな。ちなみに、広められたくなかったら食券10枚な」
「こっのっやろう」
 唸りながら、若林は観念する。
 なんだかんだ言って、口で高橋に叶うわけがないのだ。
 さらに、長い付き合いがそれなりの信用を二人の間に構築させていた。
「10枚な」
「まいど」
「他言無用、取引はこの一回のみ!」
「うわ大きく出ましたね若林サン」
「そういうことを言うなら、俺にも考えがあるぞ」
「どんな?」
「……秘密だ」
「なるほどそう来ますか。判りましたよ若林サン。このことは私の胸の中だけに、押しピンでぎゅっと止めておきましょう」
 にやりと笑う高橋の顔を見ながら、何だかんだ言って憎めねぇなぁと少し諦め気味に、若林はため息をついた。

 「で、その女性の連絡先とはそういうのは……判んないか」
 食券10枚を手にしながら、高橋が問う。
「いや、それが……」
 切れの悪い言葉と共に、若林はポケットから紙切れを取り出す。
 そこには、流麗な文字で、『異人館で逢いましょう』と書かれていた。
「どこ、そこ」
「……頼むから、俺に聞くな」
 途方にくれる若林を横目で見ながら、
「そういう胡散臭い場所なら、松戸が知ってるかもな」
「やっぱ松戸かぁ」
 観念したように、若林が吐き出す。
「ま、仕方ないね。そこがどこだか判んなきゃ、どうにもならないからね」
 若林が松戸を苦手としていることを知りながら、高橋はそう言い切る。
 ちなみに、若林は陸上部次期部長、松戸は科学部部長兼オカルト同好会会長。
 水と油の良い例である。
 ありがち過ぎて非常にアレなのだが。

 「あぁそうだ。『ろくな男じゃありません』って誰のことなんだ? 高橋?」
 科学部兼オカルト同好会の部室に向かいながら、若林はふと疑問を口にする。
「松戸の事だろ。それがどうかしたか」
「いや、なんとなく思い出しただけだ」
「あれは、女子の方も悪いって。あいつは科学に魂を売ってるんだから」
「詳しいな」
「一年のとき、同じクラスだった」
「一年の時からなのか?」
「んー、つーか、なまじ顔と頭が良いから、女子が勝手に騒いでただけでさ。ヤツの場合、女子に興味がある時は、実験体としてだから」
「確かに、ろくな男じゃない」
 話に出てくる松戸耕平とは、そういう男らしかった。

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企画 古戸マチコ
 文  深瀬 書き下ろし(03〜)

 

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