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「あなたこそ、私が求めていた人物です!!」 感極まったような声で抱きつかれ、若林はうろたえる。 彼を抱きしめているのは女性。 しかも、美人。 そして場所は往来。 道中で抱き合う二人を、人々はじろじろと見てゆく。 「何でこんなことになったんだ」 「それは、あなたが私を助けてくれたからです!」 「助けるってアンタ、道に倒れている女性を放っとくわけには行かないだろう?」 「いいえ違います。私はここに一時間ほど倒れていました。でも、誰も助け起こしてはくれませんでした。あなただけです。私を助けてくれたのは」 さすが東京。人が倒れていても誰も助けないと言う噂は本当だったのか、と若林は幾分嫌な気分で考えた。 「私は、あなたのような人を探していたんです!」 上気した頬、きらきらと輝く瞳で見つめられ、若林は思わず目をそらす。 彼は、こういうシュチエーションが限りなく苦手だった。 「アンタが誰を探していたかは知らないけど、冷たい道路に倒れていると健康に良くない……」 しかし彼の忠告は最後まで言い切ることは出来なかった。 女の唇が、若林のそれを強引に塞ぐ。 咄嗟に突き放そうとしたが、女の力は意外に強かった。 思わず大声を上げようとしたその唇を割って、何かどろりとしたものが流れ込む。 反射的に、飲み込んでしまった。 目の前で大アップの美女がにんまりと笑う。 何か言おうと口を開きかけたが、女の顔がぐにゃりと歪み、うわぁと思う間もなく若林の意識は闇に落ちてしまった。 「で、気がついたら高府行きの最終電車に乗っていたってワケ?」 「まぁそういうことだな」 「なにそれ」 「俺に聞くな」 次の日の若林は非常に不機嫌だった。 せっかく旧友に会いに東京に行ったというのに、それがパァになってしまったのだ。 慌てて携帯に電話をしたら、「まぁしかたないさ」と答えてくれたが、お互い残念だったことは変わらない。 ドタキャンもいいところだ。 そして、若林というヤツは、ドタキャンを嫌う男だった。 「まぁいいじゃん。美人とキスか。羨ましいねぇ」 「どうしてそうなる」 「まぁ若林サンったら、年上の女性を一目でオトスなんてさすがですわよ」 「殺す」 握られた拳に力が込められるのを見て、高橋は苦笑する。 どうしてコイツはこういう話題に弱いのか。 空を切ってきた拳を難なく避け、 「まぁ若林サンったら、そんなに暴力的だと嫌われますよ」 「まだ言うか」 「あ、速水」 「え」 空振りした拳に振り回され、若林がよろける。 「ホント判りやすいな。お前」 「な、な、な、何故!」 秘めた思いをあっさり看破され、うろたえる若林に、 「いや、カマかけてみただけなんだけどね」 「そ、その噂はどこからぁ!」 「いやん若林サン、痛くしないでね」 「もういい! 質問に答えんか!」 目がマジだ。茶化すのもここまでかと高橋は肩をすくめる。 「噂なんてないから安心しな。ちなみに、広められたくなかったら食券10枚な」 「こっのっやろう」 唸りながら、若林は観念する。 なんだかんだ言って、口で高橋に叶うわけがないのだ。 さらに、長い付き合いがそれなりの信用を二人の間に構築させていた。 「10枚な」 「まいど」 「他言無用、取引はこの一回のみ!」 「うわ大きく出ましたね若林サン」 「そういうことを言うなら、俺にも考えがあるぞ」 「どんな?」 「……秘密だ」 「なるほどそう来ますか。判りましたよ若林サン。このことは私の胸の中だけに、押しピンでぎゅっと止めておきましょう」 にやりと笑う高橋の顔を見ながら、何だかんだ言って憎めねぇなぁと少し諦め気味に、若林はため息をついた。 「で、その女性の連絡先とはそういうのは……判んないか」 食券10枚を手にしながら、高橋が問う。 「いや、それが……」 切れの悪い言葉と共に、若林はポケットから紙切れを取り出す。 そこには、流麗な文字で、『異人館で逢いましょう』と書かれていた。 「どこ、そこ」 「……頼むから、俺に聞くな」 途方にくれる若林を横目で見ながら、 「そういう胡散臭い場所なら、松戸が知ってるかもな」 「やっぱ松戸かぁ」 観念したように、若林が吐き出す。 「ま、仕方ないね。そこがどこだか判んなきゃ、どうにもならないからね」 若林が松戸を苦手としていることを知りながら、高橋はそう言い切る。 ちなみに、若林は陸上部次期部長、松戸は科学部部長兼オカルト同好会会長。 水と油の良い例である。 ありがち過ぎて非常にアレなのだが。 「あぁそうだ。『ろくな男じゃありません』って誰のことなんだ? 高橋?」 科学部兼オカルト同好会の部室に向かいながら、若林はふと疑問を口にする。 「松戸の事だろ。それがどうかしたか」 「いや、なんとなく思い出しただけだ」 「あれは、女子の方も悪いって。あいつは科学に魂を売ってるんだから」 「詳しいな」 「一年のとき、同じクラスだった」 「一年の時からなのか?」 「んー、つーか、なまじ顔と頭が良いから、女子が勝手に騒いでただけでさ。ヤツの場合、女子に興味がある時は、実験体としてだから」 「確かに、ろくな男じゃない」 話に出てくる松戸耕平とは、そういう男らしかった。 |
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