2 巻き込まれた悲劇 (ろくな男じゃありません)
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 「悪かったな、ろくな男じゃなくて」
 にやりと唇の端を歪め、出会い頭に松戸耕平は言い放った。
「貴様どこからそれを」
「ふっ。それを下賎な者どもに教える筋合いは無い」
「判ったからここでそういうことは止めてくれ」
 顔を合わせた瞬間から始まる言葉の応酬に、本気で嫌そうな顔をした若林が割り込む。
「離れていろ。下賎と言われて引き下がる私ではない」
「ほぅ、やる気かね?」
「やー。松戸くんにそんな特技があるなら、今度出てよ、舞台」
 通りがかりに、そんな三人のやり取りを聞きとめた女子が声をかけてきた。
「サコちゃん……」
 佐伯朝子。演劇部副部長。小柄な身体と可愛い顔に似合わぬ大胆な演技と大声の持ち主。
「出てよって、なんか発表会でもあるの」
「県の演劇祭があるじゃない。一応、うち、通ったから」
「あ〜、それはおめでとう」
「演劇部って、男子少ないじゃない。入ってくれたらモテモテよぅ?」
「モテモテって……」
「すげぇ死語だよ、サコちゃん」
「そういや、何で高橋は誘わないの?」
「だって、高橋君……」
「何故そこで上目遣い?」
「待て待て待て待て。オレは、女子は苦手なんだ」
「高橋、俺、お前の友人止めて良い?」
「よし判った。ロクな男じゃなかったのは、お前だったんだな。高橋」
「ジッちゃんの名にかけて違う! オレが好みなのは年上の女性だ!」
「あー。保健室の白衣の先生とか」
「つーか、その設定はマンガだろう」
「まーなー。ウチとこの先生は、年上のトキメキを抱かせない人ばかりだからなぁ」
「現実とは常に厳しいものさ」
「ほほぅ。それを君が言うか」
「え〜と、じゃあ三人まとめてね」
「「「まとめなくていい」」」
 見事に揃った三人の声に、彼女は苦笑して見せる。
「何時でも歓迎するからさ、気になったら見学に来てね〜」
 そして、終わりそうにない三人のやり取りに背を向けた。
 去れる人は良いなぁと、ぼんやりと若林が考えていると、
「それで、何用かね」
「あぁ、それは判らないんだ」
 思わず出た高橋の突っ込みに、松戸が剣呑に睨みつける。
「用は?」
「異人館って、どこにあるか知ってるか?」
 この場を去りたくなってきていた若林が、端的に問う。
「異人館?」
「そう。異人館」
「異人館なになにとか、なになに異人館とか、は?」
「そういう尾ひれはひれはついていなかった。ただ、異人館と」
 説明がめんどくさくなり、若林は高橋にも見せたメモを開く。
「異人館か……。検索数が多すぎて、絞り込めんな」
 魔法のように現れたノートパソコンのキィを叩きながら、松戸は聞いてくる。
「……いつの間に」
「他の要素は思いつかないか? どんな人に渡されたとか、渡される前に何が起こったかとか」
「渡されたのは黒髪の美人」
「名前は?」
「聞く前に気を失った。とにかくそこに行かなきゃ話が始まらん」
「ふむ。『黒髪の美人』を要素に加えると、ヒット数がゼロになった」
「そんな事で検索するな」
「『黒髪の美人』で検索すると、三百程度だが、どれも該当はしなさそうだ」
「せんでいい」
 呆れたように高橋が言うと、
「さて、ここまでなら素人でもたどり着ける。故に、手数料は取らない」
「金取るのか?」
「さすが、ろくな男じゃねぇ」
「金じゃない。イキの良い後輩を、男女一人ずつ、一週間ほど貸してもらえれば」
「お前のようなヤツに、俺の可愛い後輩達を差し出せるか!」
 思わず若林が熱血口調で拒否してしまう。
「それでは、交渉決裂で」
「つーか、即答できない松戸に用はないさ。意外とお前にも知らないことがあるんだな」
 あっさりと言い放った高橋の言葉に、松戸が反応した。
「何?」
「それに、お前の手管を使えば、若林に頼まなくても調達できるだろ。その辺考えて交渉しないと、底の浅さを見破られるぜ」
「ようし判った。こうなったら意地でもその異人館を見つけ出してやる」
 松戸が上手く口車に乗った事に、にんまりと笑ってみせる高橋を見ながら、こいつが一番ろくな男じゃないと、若林は心に刻んでいた。
「とにかく、ここでは作業がやりづらい。家に来てもらうぞ」
「うぁ、あの屋敷にか」
「まぁいいじゃん。滅多に入れないよ」
 尻込みしそうな若林を励ましながら、高橋は話がおかしな方向に向かいつつあることを微妙に感じ取り、にまりと笑った。

 「ところで、『パラボラアンテナ危機一髪』ってなんだよ、松戸?」
 几帳面な松戸にしては珍しく、書きなぐられた文字を思い出し、高橋は尋ねる。
「じいちゃんがおとといから呟いてたんだ。アレは、イカンって」
「……」
 思わず残り二人が押し黙る、松戸稲作八十ン才。
 大正時代からのマッドサイエンティストとして名を馳せ、今だ研究熱心な老人である。
 若かりし頃の彼が発明したものは、優れたものから怪しいものまで多岐多用を極め、世界大戦時にはその怪しさで採用され、その後闇に葬られたモノも多い。
 その発明品たちで徳川家の財宝を掘り当てたとも噂され、屋敷のどこかにそれらが隠されていると本気で信じた泥棒が死ぬ目にあったとか、幽閉されて実験体にされているとか、噂が噂を呼ぶ奇怪で豪快な老人である。

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企画 古戸マチコ
 文  深瀬 書き下ろし(03〜)

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