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「あれ、先輩達、どこ行くんですか?」 三十分ほど遡る。 若林、高橋、松戸の三人で連れ立ってのこのこ歩いている姿を見止めた、ジャージ姿の背の高い女子が声をかける。 「部活、始まりますよ。若林先輩」 「あきらちゃん、ごめんな〜、今日はこいつちょっと借りるわ」 思わず固まる若林に代わって、高橋が気楽に声をかける。 「え〜、マズいですよ、競技会近いのに」 思わず眉を寄せてしまう彼女の名前は、速水あきら。 彼ら三人より一学年下で、若林が部長を務める陸上部所属。 最近、長距離から槍投げに転向したが、成績と成長が良いと評判である。 ちなみに、若林が密かに思いを寄せているのだが、当人それに気付かないあたり良くある話である。 「一日だけだから」 「でも、高木女史が許さないと思う……」 「あぁ」 思わず高橋が相槌を打つ。 高木玲子。陸上部マネージャー。 一年の頃、高橋と彼女は同じクラスであった。 高木―高橋、という事で、彼女の隣の席の彼は、クラス中の男子の羨望を受けていた。 過去形である。 美人、明晰、さらに病弱とくれば、学校のヒロインに名乗りを上げても間違いないのだが、そのスパルタ精神と勝気な性格は、体育祭及び球技会、競歩大会等のイベント時に遺憾なく発揮され、彼らのクラスをかなりのところまで引っ張り上げてしまった。 翌日、さらにその翌日と続く、激しい筋肉痛と共に。 そして彼女は『ヴァルキリー』の名を頂き、陸上部のマネージャーとしてその能力を思う存分発揮している。 「すぐ戻れると思う。ちょっと、松戸ン家に調べ物をしに行くだけだ」 返す言葉に困っている高橋に代わり、若林がぶっきら棒に答える。 「判りました。じゃあ、遅れるって事ですね」 「まぁそうだな。上手いこと言っておいてくれ」 「がんばりまっす」 そう答えた以上、高木について行かざるを得ない速水であった。 「えぇと、二枚目は、高木女史」 「どうやら君と僕は、良い友達になれそうだ」 清々しい笑顔と共に、松戸が手を差し出す。 同等の高さの目線でにっこりと笑われ、経験のない速水は少し戸惑った後、その手を握り返した。 「え、あ、ありがとうございます」 握手のつもりで握ったその手は、速水が考えるよりも強い力で握り返された。 「そんな君を若林の手に渡すのは勿体無いと思う」 「は、え、なんですか?」 きちんと聞き取れていない速水に構わず、握り締めた手もそのままに、松戸は言葉を続ける。 「実は、君には早いうちから目をつけていたんだ」 「は? め?」 瞬間、告白かと思った速水が硬直する。 彼女は、とあるコンプレックスの所為で、恋愛沙汰を非常に苦手としていたのだった。 しかし、続く松戸の言葉は、何かが微妙に違っていた。 「その身体が良い。均整が取れている。筋力の発達具合も適度に良い。これからが期待できる」 「え、あ、どうも」 身体目当てかと速水は一瞬考えた。しかし、その色気の無い物言いに、褒められているのだろうと判断し、とりあえず頭を下げてみる。 「さらに、考えの方向性が合うというのも理想的だ」 何が言いたいんだろう。そう思いながら言葉を聞いていると、いきなり妙な話になった。 「素地が良いのはもちろんのこと、改良の余地があるというのは冥利に尽きる」 「ちょっ、まっ、すみません、何するんですか」 さすがに、速水も身の危険を感じた。違う意味で。 「大丈夫、大丈夫。痛くないから」 「そういう問題じゃないです〜」 思わず半泣きになりながら、握られた手を放そうとする。 しかし、思ったより松戸の握力は強かった。 体力的に彼よりも自分の方が上だと思っていた分、咄嗟に振りほどけなかったことは、速水をちょっとしたパニックに陥らせた。 「やだよ〜。この人二枚目じゃないよ〜」 変な言葉が口をついて出たが、それは仕方の無いことだったろう。 「大丈夫。これは、君のためでもあるんだから」 「ヤです〜。ぜったいにヤですぅ〜」 誰か助けてと本気で祈る速水だったが、松戸の力は意外と強いし、若林も高橋も、高木の叱り声でこちらには気付いていない。 もう絶体絶命。 がみがみと叱られ、うなだれている自分はなんだかかっこ悪い三枚目だなぁとぼんやり考えている若林が、ふと剣呑な感じを受けて振り向くと、視線の先に松戸と速水がいた。 その目にとまったのは、しっかりと握り合った二人の手。 さらに、嫌がる速水の姿。 「待てやこらァ!」 巻き舌も馴れた風に、若林が怒声を放つ。 「オヤ、若林サン」 その剣幕に、なぜかカタコトで松戸が答えた。 思わず動きもギクシャクする。 「うちの可愛い後輩になにさらすつもりだオラァ! 事と次第によっちゃあただじゃ済まさんぞ!」 チンピラさながらのその勢いに、腕を組んだ高橋が呟く。 「『ほう、それが正体か』」 若林のこめかみに浮かぶ怒りバッテンは、それは見事なものだった。 |
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