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「八木アンテナを知っているかね」 ドアを開けると同時に、魚の骨のような物体をにゅっと出され、数秒間若林は固まった。 「いーえ。しりません」 そのまま固まっていると、それで胸先をぐりぐりされるだろう。仕方なく正直に、若林は答えた。 「そうか。知らんか」 それだけ言うと、老人はそれを引っ込め、三人に背を向け廊下の奥に歩いてゆく。 「松戸。止めろ」 咄嗟の判断で、高橋が命令する。 「じいちゃん、パラボラアンテナどうするのさ?」 ついて出た松戸の質問に、老人の歩みが止まり、まるでホラー映画のようにゆっくりと振り返る。 しかし、手には八木アンテナ。 「あれは、イカン」 「何が?」 「中華なべの代わりにもならん」 「は?」 「中華なべがパラボラアンテナの代わりになりえることは知っておろう?」 「えー、あー……」 はいともいいえとも言いかねた三人が、微妙な音を返す。 「科学においては、逆も真なり、じゃ。だが、パラボラアンテナは、中華なべの代わりになりえんかった」 「なぜそんなことを」 思わず高橋が突っ込みを入れる。 「馬鹿者。科学は、パッションとエモーションじゃ」 「パッション=情熱、エモーション=感激」 「微妙に違うと思うが……」 思わず訳してしまった若林に、高橋が追い討ちをかけた。 「中華なべの代わりにならんのなら、アレの集光、集熱効果を期待するしかあるまい。しかし、ちょっとやそっとの大きさでは、話にならん。近いうちに野沢高原へ行く」 「うわ」 パラボラアンテナの危機は、始まったばかりであった。 「……まぁ、野沢でも野尻でも構いませんけれど」 いち早く立ち直ったのは、若林だった。意外と、彼は人智を超えたものに対する免疫があるのかもしれない。 「そこに行く前に、異人館ってのがどこにあるか、教えてください」 「あぁそうだ。そのために来たんだよね」 のうてんきに、高橋が思い出す。 「そこに、何の用じゃ」 「いや、彼が招待されたって言うから」 彼、と指差された若林に、老人の指すような視線が襲い掛かる。 「証拠は?」 「証拠って言ったら……」 聞かれ、若林はポケットから例のメモを取り出して見せる。 「むぅ。こ、これは……」 矯めつすがめつそのメモを調べた老人は、やがて大きく息を吐き出す。 「加納……、お主……」 「うわっ、何か納得してる」 遠くを見る眼差しで呟く老人に、高橋が思わずビビる。 「良いじゃろう。旅立つ前に、教えてやろう。招かれたのはお主じゃったな」 手放さない八木アンテナが、若林を突付く。 正直に若林が頷くと、老人は八木アンテナで彼の胸先を引っ掛け、招いた。 「来るが良い。地図と、心得を伝授してやろう」 「こ、心得ぇ、え、え??????」 胸元を引っ張られ、若林が靴を脱ごうとした矢先。 閉められていたドアが、外開きに大きく開かれた。 「部長!! 否! 若林健二っ!」 「げ」 突然大声で呼び止められた若林が思わず振り返り、そして硬直する。 逆光の中から現れたのは、スカートをひらめかせながら仁王立ちで立つ、マネージャーの高木。 そして、その後ろには申し訳なさそうになぜか槍をもって付き従うジャージ姿の速水がいた。 「すみませぇん。部長」 「競技会が近いってのに、一日、一時間たりとも無駄に出来ないのはあなただって判っているでしょう! 皆の先頭に立ち率いていかなきゃならない人が、何してるんですか!」 「……久し振りに見た。ヴァルキリーの説教」 「しかも昨日は休んでるんですよ! 挽回しようとは思わないんですか!」 びしいっと指を突きつけられ、思わず若林が答に困る。 「待ってくれよヴァルキリー、じゃなくて高木」 思わず仲裁に入った高橋を、彼女がぎりりと睨みつける。 迫力美人と言うのはこういうものなのだなぁと、離れた場所から松戸が見守っていた。 「何よ。アンタが彼をそそのかしたんでしょう? 私の大事な人に、一体何を吹き込んだの?!」 「大事な人……」 「いや、あいつが大事なのは、俺の筋肉だから」 思わずくらくらする高橋に、即効で若林が訂正を入れる。 「すごいな」 「いつもの事です」 見守っていた松戸が、つい呟く。それに答えたのは、やはり離れた場所にいた速水だった。 「じゃあ、この中で、『二枚目と三枚目』って、誰と誰のことを言ってると思う?」 答えかねた速水は、えぇとと言いながら、丁々発止を続ける三人をただ見守ってしまっていた。 |
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