― 前説 ―  このミッションを始める前に、説明しておかなければならない事がある。

 「こぅりゃ」
 突然、背中……といっても腰の辺りを硬い物で叩かれ、ぼへぼへと廊下を歩いていたリッツは立ち止まる。
 こんな風に自分の背中を叩くのは、一人しかいない。
「じーさん、何か用?」
 振り返るそこには、想像したとおりの姿があった。
 小さくしなびた感じのある老人。しかし、身体に比べて不釣合いなほどに頭が大きい。
 その姿はどこかの宇宙人を一瞬髣髴させるが、もちろん無関係だ。
 片やパンク青年、片や宇宙人。
 その取り合わせは奇妙なものであるが、ここでは見慣れた光景であった。
「あ、椅子直ったんだ。良かったね。じーさん」
「直った、ではないわ。改造したんじゃ」
「いや、見た目しろーとには判らない改造だから」
「可動部位を以前より2割増しにしておる。この辺りのデータは、お前の強化骨格に反映する予定じゃぞ」
「え、あれもっと動き良くなるの? じゃ使うよ」
「……現金なやつじゃの」
「で、さ、じーさん、それが用?」
「違うわ。見事にはぐらかしおって」
「で、何? オレ難しい話キライネ」
「そんなことはわかっとる。小僧相手に難しい話なぞないわ」
「で、何用デスか?」
 このタイミングで『小僧』と言われ、機嫌を損ねたリッツが問う。
「隊員同士のコミュニケーションが不全である事を懸念したジャッジメントが、愉快な解決策を見つけてきおったぞ」
「うぇ」
 リッツ達”D.D.”の上司に位置するジャッジメントは、D.D.が設立される以前、自ら作戦隊長として現場に出ていた。
 そのため、位置的にはエースことヴェルトの直属上司であり、もちろんリッツにとっても頭の上がらない上司である。
 だがしかし、その立場故か一般人には理解できない作戦を立案する事が多々あり、単刀直入を旨とするリッツにとって、ジャッジメントは微妙に苦手な相手でもあった。
「なんじゃその反応は。幸いな事に、重要度はかなり低く設定されておる。お題を全て終了するまでの時間的束縛はないという事じゃ」
「……『おだい』って?」
 きょとんとした顔でリッツが問う。その鼻先にずらりと並んだ47のリストを突きつけ、さらにレコーダーを手渡した。
「そこに書いてあるリストに沿って相手と徹底的に語り合って来い。と言うのがジャッジメントの提案じゃ。相手、と言うのは特に指定しておらん。リストを見て思いついた相手と思う存分語り合ってくると良い」
「で、さぁ、これオレが全部独りでこなすの?」
「スタンプラリーではないからの。独りでこなす事はない。語り終わったら相手に渡し、後は相手に任せるが良い」
「はぁ」
「禁止事項として、同じ相手に戻すのは不可。少なくとも3つは間をおく事」
「まぁ、同じ相手と話し合っても、全隊員のコミュニケーションにならないもんなぁ」
「レコーダーの最初の部分には、自分から見た相手の印象、特徴を明確に記録。ちなみにレコーダーは録音専門となっており、再生は出来ん。安心するが良い」
「安心って……、なんか語弊ありません?」
「気分の問題じゃ。なお、つながりがあれば、シリーズ越えは可能とする」
「シリーズ越えって言われましても……」
「わかるやつにはわかる。黙って聞いておれ。順番は遵守。このリストが終わる頃には、お互いの理解度が深まっている事を期待しておるぞ」
「うぃ」
「それでは、始めよ。一番最初のお題は、『異人館で逢いましょう』じゃ」
「『異人館』、つーと、オレ一つしか思いつかないし、しかもあまり語り合いたくない相手なんですが」
「第一インスピレーションを優先じゃ。苦手な相手ほど、これをする意義があろう」
「うぁーい」
「ではの。成果を期待しておるぞ」
 滑らかに立ち去るその後姿を見送りながら、リッツは『期待するほうは楽で良いなぁ』とぼんやりと考えていた。



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企画 古戸マチコ
 文 深瀬 書き下ろし(05.09〜)

 

 

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