―― ほう、それが正体か ――
『…………』
「不活性状態で無理をしない方が良いと思いますが」
立ち尽くす白い人影に、テンペラントはそう声をかける。
彼の手にはレコーダーと紙束。
何かを企んで、そして妨害されたのだろう、そんな微妙な悲壮感を知ることが出来るのは、彼と長い付き合いのある者のみだ。
「それで、今度は何をしたいと思ったんですか?」
自室に通し、座らせ、茶を出し、そして問う。
白い男は出された茶を冷めるまで眺めているつもりなのか、動かない。
「不活性状態では猫舌でしたね。冷ましてありますよ」
世話を焼く姉のような手際のよさで、テンペラントはそう告げる。
「甘味もありますが、どうですか?」
頷くジャッジメントに、テンペラントはとっときの葛切りを出した。
しばらくそれを見詰める白い男に、
「本葛を使っていますから、食べられると思いますが」
テンペラントは思わず説明する。
と、彼はゆっくり手を伸ばし、ゆっくりと茶を口にした。
不活性状態にあるジャッジメントは、甘党になる。
普段はヘビースモーカー&カフェン中毒の癖に、真逆になるのだから面白い、と、不謹慎にテンペラントは微笑む。
「ここまでギャップが激しい人も、滅多にいませんね」
一つ前のリスト、『二枚目と三枚目』を眺め、的確な人物を摘出したものだとテンペラントは単純に感心した。
流石はわが弟子、と言った感じである。
しかし、次に回される立場とすれば、この弟子何をやらかしてくれると問い詰めたい気分にもなる。
「……『ほう、それが正体か』と問われて私、と言うのが納得できませんが、どうせ今のあなたの事です。弟子の始末を師に求めたと言ったところでしょう?」
こっくりと素直に頷くジャッジメントに、思わず拳を握り締めるテンペラントであった。
「貴方の正体はただのワガママボウヤですね」
再びこっくりとジャッジメントは頷き、テンペラントは脱力した。
「だってさー、わざわざ今の状態を知っててやってるんだぜー、クラリス」
駄々こねモードに入っているジャッジメントであった。
そもそも、そんな状態を他人に見られることを良しとしないジャッジメントである。
不活性状態の時、往々にして自室にこもっているのはその所為で、メジャーメンバーは「おこもり」と呼んでその状態を温かく見守っている。
と言うか、手出し無用状態だと知っているが故の見守りである。
下手に手を出すと、狂戦士化して被害が甚大化するか、今の様に駄々こねモードに入って余計ややこしい話になるか、果てしなくウツに落ち込んでいくか、あるいは全く違うパターンを生み出すか、である。
正直、手に負えない。
それでもテンペラント、ハーミット、エンペラーあたりは、構成素子が近いせいかそれなりに対応出来るのが、救いといえば救いなのかもしれれない。
ちなみに。この状態の彼に、うっかりチャリオットが茶々を入れて狂戦士化し、パス一本ぶち壊したのは、彼らがまだ若かりし頃の話である。
そのため、チャリオット、ストレンジ、フールあたりは、不活性状態のジャッジメントとの面会謝絶が今だ言い渡されている。
そのためのシステムまで作ってあるのだから念の入った話だが、それは今に関係ない。
「年に二回とはいえ、全く厄介な時期ですね」
テンペラントが言うとおり、彼のおこもりは二回ある。ただ、はっきりと決まっているわけではなく、体調とストレスにより身体の調整が効かなくなったとき、ハーミットによって施されるのである。
今はまだ年に二回と言う数値であるが、その期間は徐々に長くなっており、このペースで行けばメジャーメンバーの一期隊の中で、最も早い崩壊を迎える事になる。
それを、一期メジャーメンバーは知っているのだが。
「クラリスは三期隊ですから、貴方の限界を知らないんですよ」
「っだー、もー、上司上司って都合よく使いやがってさー、俺だって無理なときは無理だー」
「はいはいはい」
愚痴満載のジャッジメントに、テンペラントは微笑みかける。
「ダメな時は何をやってもダメだー」
「はいはいはい」
座った椅子からずり落ちそうになっているジャッジメントに手を貸し、
「喋らないで下さい。ギャップが大きすぎます」
とりあえず止めを刺すテンペラントであった。
その後、延々と酔っ払いの愚痴のような言葉の羅列が並べられたのだか、ここでは割愛する事にする。
ずるずるぐたぐたになっているジャッジメントをなんとか送り出し、テンペラントはリストに目を落とす。
リストの次に、『変人は誰だ』と言う文字があった。
思わずテンペラントは今出て行った男を振り返る。
変人と言って今の状態の彼ほど相応しい相手はいないような気もするが、ルールに従えばそれは許されない。
と言うより連れ戻して被害を大きくしたくない。
「変人……、ですか」
正直、思い当たる節はあり、と言うかありすぎ、テンペラントは別の意味でため息をついた。
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