―― 理由はたったひとつだけ ――


『私達の中枢、エイダム。私達を支配するもの。私達を導くもの。私達を……、もの』

 一度解放されたそれと再接続されるのは、苦痛であった。
 しかし、それをしなければ果たされぬものがある。
 唇を噛み、ジャスティスは部屋に踏み入れた。
 その部屋は機械に覆われている。
 いや、その部屋が機械の中に造られている。
 そもそも、ここが出発点だったのだ。
 天空の楽園『イーディーン』から降りて来た『エイダム』。
 激減した人間を維持し示唆し教示するための、もの。
 『エイダム』に選ばれた最初の八人、ハイエイトの中に、彼女はいた。
 選ばれる前、どんな思いを抱え誰といたのか。
 彼女がジャスティスとなる前、前身の事は覚えていない。
「『エイダム』」
 一つ一つ、『エイダム』と繋がりながら、ジャスティスは問う。
 それは、調整を兼ねた彼女の呟き。
「こうなる前の私も、きっとネットに繋がる事が好きだったのでしょうね」
 メジャーメンバー、そしてD.D.隊の前身は、当然人間である。
 素質のあるものが選定され、儀式の後隊員となる。
 儀式の際記憶は上書きされる。
 それは、多すぎるデータを処理するための、そして自己を守るための処置である。
 儀式を終えた者は、『前身』の事を知らされることはない。
 前身のデータはC隊によって丁寧に削除され、アクセスする事も叶わなくなる。
 時折起こるフラッシュバックによって自分の前身を思いやる事もあるが、それはリッツのように前身に執着が多い者ほど数多く訪れ、ヴェルトやL隊のようにその為に調整された者には少なかった。
――前身のことを考えるなんて、珍しいね。
 声が、聞こえた。男とも女とも判別のつかない、穏やかな声。
 それが、『エイダム』の声である。
 完全に繋がってしまえばその声は直接脳に入るのだが、未調整の今、それは眼前の端末についている小さなスピーカーから流れ出ていた。
 彼女の言葉は、音声入力として感知されている。
「感傷ね。でも、不必要なことではないわ」
 『エイダム』と共にいるとき、ジャスティスは笑わない。
 彼女が唯一愛を感じなくても良い相手は、チャリオットではなくこの『エイダム』であった。
 上司部下として友として敵として、彼女と『エイダム』は語り続ける。
 何が一番正しく何が一番理想的なのか。
 それは、最速を誇る『エイダム』であっても、またそうであれと調整されたジャスティスであっても、答えの出ない問答であった。
――クラリスは、予想以上のレベルアップをしているね。彼女の因子と君の因子を組み込めば、適合者は増えるだろう。
「思考のパターンが増える程、選択肢も増えますわ。そして、判断を下すのに時間がかかる様になる」
――選択肢の増加は望むところでもある。時間がかかろうとも、正しい判断を下す事が重要だ。
「クラリスのような存在を、増やすつもりですか?」
――唯一無二の君の存在がなくなるのであれば、適任者を探し出さねばなるまい。選択肢は、多いほうが良い。
 再度同じ事を告げる『エイダム』に、ジャスティスはただ渋面を見せた。
 その後ろにどんな感情が隠れているかは、『エイダム』でさえ知りえない。
「私の事を唯一無二と言うのならば、私がいなくなったときには私と同等の存在が現れる筈ではありませんか。それは、あなたが常々模索してきた事でしょう?」
――私は、模倣にしか過ぎない。真理たるべく精密な模倣を重ねているだけだよ。
「それならば、どうして私はここにいるのでしょう。理由はたった一つだけ。それは明確な理由。ゆるぎないからこそ、私はそれに囚われここにいます」
――捕らえたのではない。
「では私の意志は? あなたの言葉を受け、シャーレの情報を受け、判断するだけの私の意志は?」
――判断の基盤は意思にある。
「全ての事柄を私に判断させる事が望みですか? それならば『エイダム』、貴方は何故今だそこにいるのです?」
――許されている。
「何に? 誰に? それでは私達は貴方に許されているから存在すると言うのですか?」
――肯定。
「何故……、何故、教えた……の?」
――お前の望んだ事だから。
 それは、常に突きつけられる真実。正義と言う名の元に行わざるを得ない判断。
 時にそれは誰かの死を選択せねばならない。
 より多くのもののために、少ないものを切り捨てる。
 センチメンタリズムは、持ってはならぬ感情の一つ。
 深呼吸を一度。そして、ジャスティスはシートに身体を預ける。

「ジャッジメントが提案したこの件につきまして、不本意ですがあなたにも協力していただかなければならなくなりました。私はこのように動けぬ体となりましたから、次のメンバーをあなたに指示していただきます」
 まさかここまで行くとは、ジャッジメントも考えなかっただろう。
 暗い喜びと共に、任務を押しつけるジャスティスであった。


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企画 古戸マチコ
 文 深瀬 書き下ろし(05.09〜)

 

 

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